ローイングライブラリー

Since April 2010

ローイングライブラリー

ローイングをテーマにした海外の文献、ならびにローイングとは関係がないが訳者が個人的に好きな純文学作品を紹介します。
翻訳は本ライブラリーの管理人によるものです。

当ライブラリーには次の本が収蔵されています。

★ ローイング関係

ノンフィクション

     

 タイトル

 発行年

 
概要
シェルゲーム
The Shell Game

1,421KB
1982年 時代背景は1970年代後半から1980年代前半。ボートは初めてというイェール大学ボート部新入部員がモスクワオリンピックを視野に入れるほどに成長する様子を描いた自叙伝。新人時代の話、合宿生活、ハーバードとの対校戦、オリンピックを目指すエリート選手になってから・・など、その頃の時代と東海岸エリート大学の学生生活の様子がうかがえて興味深い。
シングルスカラー
The Amateurs

1,486KB
1985年 これは自叙伝ではなく、稀代のドキュメンタリー作家ハルバースタムの手になるもの。時代背景は1970年代半ばから1980年代半ばで、「シェルゲーム」と重なるところが多い。4人の選手に焦点をあてているが、彼らを含めてまわりの登場人物も「シェルゲーム」の登場人物が多く登場するのが面白い。因みに原題の「アマチュア選手たち」は、報酬を求めて競技をしているわけではない選手を指す。決して、「素人」という意味ではない。
求む、ローイングコーチ
Wanted: Rowing coach

1,421KB
1995年 著者はBrad Lewis。84年のロスオリンピックダブルスカルの優勝者。彼は、以前に、このオリンピック優勝のことを主題にした本 Assault on Lake Casitasを著している。本書は、彼がカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のコーチに採用され、そこで1シーズン(93年−94年)体験したことを書いたもの。金メダリストをコーチに迎えたボート強豪校とは言えない地方大学UCSBだが、選手、大学、コーチの思いは結構すれ違ったようだ。
著者は、現役引退後、作家、ジャーナリストとして活動している。
コックス席からの眺望
A Seat with a View

1,461KB
2000年 アトランタオリンピック(1996年)で金メダルを目指しながらも5位に終わったアメリカエイトのコックスの自叙伝。世界各地のレースを転戦するナショナルチームの選手選抜からトレーニングの実態がうかがえて興味深い。
4人のオアズマン
Four Men in a Boat

1,544KB
2004年 シドニーオリンピック(2000年)で金メダルをとったイギリスの舵手なしフォアの物語。プロのジャーナリストがクルーメンバーであったティム・フォスターと共同で書いたノンフィクション。このときのメンバーのレッドグレーブは、この金メダルでオリンピック5大会連続金メダルに輝き、女王陛下の勲章をもらって「サー」と呼ばれる身分になった。
ピンセント
Pinsent - A lifetime in a Race

1,787KB
2004年

バルセロナ(1992年)とアトランタ(1996年)ではレッドグレーブと舵手なしペアのコンビを組み、シドニー(2000年)とアテネ(2004年)で舵手なしフォアを漕いで、つごう4大会連続で金メダルを取り、レッドグレーブに続いて「サー」の称号を得たピンセント選手の自叙伝。プロ化した選手の日常がうかがえる。

オールタゲザー
All Together

1,421KB
2005年 1964年東京オリンピックで優勝したアメリカエイトの物語。著者はそのクルーのストローク手。それまでは大学クルーがオリンピックに出場するのが例であったわけだが、東京オリンピックでアメリカ代表となったのはフィラデルフィアのクラブチーム。選手も年令や背景がばらばらの寄せ集め。
強風で決勝レースが一時中断し、レーススケジュールが遅れたためエイト決勝の時間帯が夕闇にかかって、自衛隊が照明弾を打ちあげてくれる中、レースが行われ、視覚映像的には劇的なレース、表彰式だったとのこと。
以降、アメリカは2004年のアテネ大会までエイト優勝から遠ざかる。
ワンダークルー
The Wonder Crew

1,940KB
2008年 1920年のベルギー、アントワープオリンピックで優勝したのは、なんとアメリカ海軍兵学校。以後、アメリカは1960年ローマ大会で東西合同ドイツに敗れるまで金メダルを続けた。1964年東京大会ではアメリカが奪回。学生たちを指導したのは当時の名物コーチのグレンドンで、教え子の中にはあのニミッツ元帥(1905年卒業)もいるという。ニミッツがエイトのストロークを漕いでいたとは知らなかった。
ローイングといえばイギリス流が当然の時代、このコーチの指導のもと、兵学校はアメリカ漕法を確立した。1920年といえば、まだ第1次世界大戦から世界が立ち直っていない時代。その傷跡もうかがえる内容も興味深い。
クイズ:兵学校クルーが使用した長いエイト艇は、@事前交渉して現地で借りた、A貨物船で運んだ。答え:どちらでもない。海軍の巡洋艦で艇と一緒に大西洋を渡った。
Blood over Water: ザ・ボートレース
上巻1,563KB
下巻1.292KB
2009年 2003年のオックスフォード大学対ケンブリッジ大学のザ・ボートレース。偶然、2組の兄弟がそれぞれ敵味方に分かれて戦った。その兄弟愛と葛藤を背景にした物語。兄弟がともに同じレースで争うのは約100年ぶりのこととか。ボートを漕ぐためにわざと落第なんてのは戦前の日本の話かと思ったら、イギリスでも・・。もっとも、この場合、落第ではなく別のコースを履修するという手法で在学期間を延ばしたのだが。このレース、文字通り艇差1尺。BBCテレビにはっきりとらえられている。7kmほどの距離を、ずっと両艇並走して水が開かない厳しく素晴らしいレースだった。体格と経験において圧倒的に優れ、かつ海外からの名選手留学生をメンバーに含むケンブリッジの下馬評が高かったが、艇差1尺を制したのは・・?なお、いろいろなスポーツ種目のライバル対決をシリーズで放送しているドイツのテレビ局がこのレースを中心にしてザ・ボートレースを取り上げている。
1936年ベルリンオリンピック大会ワシントン大学クルー
The Boys in the Boat

3,034KB
2013年 ナチ、ヒトラーが演出したベルリンオリンピック。アメリカエイト代表になったのは当時としてはアメリカ片田舎のワシントン大学。物語の時代は大恐慌の前後の期間。田舎大学の貧乏学生が国内予選を勝ち抜き、「ドイッチュラント!」の大歓声を上げる数万人の観衆の前で、ヒトラーが見守る中、枢軸国のドイツ(3位)、イタリア(2位)を下して優勝する。東京帝国大学クルーも物語にちょこっと顔を出す。レニ・リーフェンシュタールの映画「オリンピア」の制作のエピソードもあって興味深い。

ローイング技術書

ブレードワーク
(Rowing Fast から抜粋)

199KB
2005年 イギリス、カナダ、アメリカでコーチしたマイク・スプラクレンの理論
ローイングテキストブック
(抜粋)

407KB
1977年 旧東ドイツで発行された本の英訳版からの抜粋
ローイング技術
316KB
1989年 マイク・スプラクレンコーチの日ボ講演録
ローイング初心者用ガイドブック
3,675KB
2007年 イギリスボート協会監修のガイドブックKnow the Game: Rowingから抜粋・編集したもの

安全管理

冬季落水時のサバイバルガイド
239KB

2005年 スカルを漕いでいて沈したらどうなるか、特に予期せぬタイミングで冷たい水に落ちたらどうなるか、事前に正しい知識を持ち、対応しておくことが大切だ。

★純文学

クロード・ホィーラーの出征
―ネブラスカのプレーリーから―
One of Ours

2,792KB
1922年 1920年代から1930年代にかけて活躍し、この作品で1923年のピュリッツァー賞に輝いたアメリカの女流作家ウィラ・キャザー( Willa Cather )による作品。
ストーリーは、ネブラスカのプレーリーで農作業に縛りつけられていることに人生の意義を見出せない青年が、ヨーロッパで勃発した第1次世界大戦に対してようやく重い腰をあげたアメリカの軍隊に志願してヨーロッパ戦線で戦い、英雄的な戦死をとげる。
戦死公報のあとから、本人からの手紙が実家の母に配達される最終章の記述が涙を誘う。
「ワンダークルー」にも戦争に関連した記述があるが、本書を読むといっそう時代背景の理解が進むだろう。



本ライブラリーの管理者はこんな人です。

高校、大学でボート部員でしたが、体格は小さく、選手としてはとりたてて言うほどの実績はありません。卒業後、ボートから長らく離れていましたが、会社勤務の関係でアメリカに駐在する機会があり、50歳を前にして南カリフォルニアのロングビーチにある Long Beach Rowing Association のメンバーとして好きだったボートを再開し、主にシングルスカル、ダブルスカルを漕いでいました。

ボートを漕ぐかたわら、アメリカのボート関係の作品に接して、日本のオアズマン、オアズウーマンに紹介しようと翻訳を手がけようと思いたちました。

Long Beach Rowing Associationの写真紹介は⇒こちら