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ルルドの巡礼

 巡礼はもともと旅行の困難であった時代に償いの業として行われたのが始まりだと聞いたことがあります。気軽に旅行ができる時代になりましたが、それでも色々な心くばりやトラブルを避けるためにそれなりの苦労があります。しかし、業務旅行と異なり、霊的向上を目指す巡礼では、多くの実りを得て帰ることのできるのを、それぞれの体験者は思い出の中に深く持っていることだと思います。来年の2月11日、ルルドの聖母御出現150周年を記念して、今年は色々の行事や巡礼が企画されることでしょう。わたしの忘れ得ないルルド巡礼の二つの体験を分かち合っていただきたいと思います。

 わたしの参加した時は、巡礼シーズンの始まる少し前でしたので、こじんまりしたグループ、それにルルド巡礼地が大混乱でなかったのは幸いでした。ルルド滞在もゆとりがあり、ベルナデッタ関係の巡礼地は適当にこなし、多くの時間を洞窟前での祈りに過ごせるように配慮してくださっていました。

 夜になって、再び洞窟前に祈りに出かけました。ホテルの人や聖域の門衛の方に確かめ、ここは夜中も開いていることに安心して、心ゆくまで祈ることにしました。そのうち人々もだんだん引き上げ、わずか数名がマリア様への祈りの時を過ごしていました。明日の予定もあることだからと思い、夜半も過ぎてホテルへの道をたどろうとしたら、頑丈な鉄の門扉は閉められ、鍵までかけられて出ることができません。さて困ったと思って、門扉を乗り越えなければしかたないなと手をかけようとしたら、偶然にも巡礼者か観光客かの一家族がやって来て騒いでいます。彼らの目の前でそのような業もできないので、かねてから知っていた裏門の方に大回りをして、山道を歩いてやっとホテルにたどり着いてほっとしました。

 翌日、地下聖堂での多国語による荘厳なミサも終了し、思い思いに洞窟前の祈りや沐浴に時を過ごす時間になりました。

見ると川向こうの病院らしい方向から移動用のベッドに横たわった病者の列が長く続いてこちらの広場に向かってやってきます。それぞれ移動ベッドに付き添っている看護の人は、病者の望むところにベッドを移動させています。邪魔にならないように脇によって見ていると、一組の病者に目が留まりました。しばらく移動して横たわっている老婆のお気に入りの場所が見つかったのでしょうか。看護の人に言葉をかけようとしています。その娘さんはベッドに屈み込んでなにやら話をしていましたが。それはわたしには憶測しか出来ませんが、ここでしばらくマリア様の方を仰ぎながら祈りたいとでも伝えたのでしょうか、頷きながら介護の方はベッドを固定しました。その老婆は安心したかのように祈り始めたようでした。それを見た介護の娘さんは、その横の石畳の上にそのまま跪いて共に祈り始めました。

 ボランティアとして参加しているのだからそれなりの心構えと、配慮はできているのでしょうが、二十歳になるかならぬぐらいの娘さんが、固い石畳にごく自然に跪き、その先に見えるルルドの洞窟のマリア様と一致して、そのままの姿勢で愛の交わりのうちに祈りにふけっている姿は美しい一幅の絵を見ている感じでした。

 ベルナデッタがここに跪いていたと書いてある石の上に跪いて洞窟のマリア様を仰ぎながらわずか数名の巡礼者と、静寂の中で心ゆくまで時を忘れて夜半まで祈り続けたあの体験と、明るい光の注ぐ中で、移動ベッド傍らに跪いていつまでも祈りにふけっていた白衣の娘さんの姿は、心に刻まれていた巡礼の記念写真として大切にしているものです。