| 人間誰しも自分の欠点を自覚し、注意しながらもそこに落ちいってしまったことを反省することがしばしばあります。わたしにとって先入観というほどでなくとも、「思い込み」というのがあって、自分のかたくなさとあいまって判断と行動に誤りの入り込んでくるのをいつも反省させられます。聖人方についても初めから素直になっていたらもっと多くの教えを受け入れ、お恵みに接していただろうと残念に思うことがあります。
このようなわけで、マザー・テレサに関しても、多くのものを得ることなく今となったことが悔やまれます。
マザー・テレサの名前が世の中やマスコミで話題になった頃、そのすばらしさが主として社会福祉活動の面から取り上げられ、そのお人柄や霊性についてあまり触れられていなかったので、なぜマザーの名前だけが出てくるのだろう、その活動を行う上でどれほどのシスター方が表に出ることなく働いておられるのだろうかという考えが先立っていました。
ある時、教会の高位の方が「マザー・テレサのすばらしさは、人々や世間から賞をもらって賞賛されても、そんなことは関係なく平然と超越しておられるところだ」と語られたことを漏れ聞いて、あらためてマザー・テレサを見直すチャンスとなりました。
いまここで自分の手を待っているのがイエス様だと考え、早速動くことの出来るのはマザー・テレサのすばらしい輝きだと思います。
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