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 待降節も第三週目に入り、主の降誕が真近に迫ったことを喜び、三本目のローソクを灯し、闇の中で一段と明るくなってきたことを祝います。典礼上もユニークな日と定められ、入祭唱に「主にあっていつも喜べ」とあるように喜びがテーマになっています。このラテン語のはじめのことばを取って「ガウデーテ」の主日と言われ、祭服も習慣のあるところでは通常の紫色でなく「ばら色」の着用が許されています。

 主の降誕を迎える喜びは、外的なものだけでなく、心の底から喜びがみなぎるには、神様の愛に心が満たされていなければなりません。すなわち罪の汚れを清め、御子をお迎えする体制を作るとき、喜びが湧き上がってまいります。そしてわたしたちの心に平和が漲り、これを周りの人々にももたらすことが出来るのです。

 イスラエルの民は、エルサレムを目指して巡礼をしながら「神の家に行こうと言われて、わたしの心は喜びにはずんだ」と神への賛美を表わしていました。神への賛美と感謝を、そして周りの人々への感謝を充分に捧げることができていますか。もしかしていくらかのわだかまりが、残っているのではないでしょうか。待降節の後半に入るとき、三本目の明るいローソクに照らし出されて、心を清めたいものです。神殿で神に捧げものを捧げることのできた喜び以上にわたしたちには降誕の日に幼児イエスが直接わたしたちの心に誕生します。