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 クリスマスを迎えるとき、何時もあざやかに思い出されることがあります。

 神学生のとき、降誕祭夜半のミサで、チマッティ神父様の捧げるミサの奉仕をしたことがありました。ミサが終わって香部屋に引き上げ、一同で十字架に向かって礼をして、大祝日のミサが無事終了してホッとしたそのとき、チマッティ神父様が声をかけてこられました。

 「ルイジ、あなたの心にイエス様は生まれましたか。」 「?」 一瞬返事に戸惑ってしまいました。

 降誕祭を迎えることがどのようなものであり、いかなる意味合いがあるかはよく勉強して理解し、そのために内的外的準備をしながら、待降節を過ごしてきました。しかし、その幼児が現実に、わたしの心の中にお生まれになるのだという感覚ではとらえるまでに至っていませんでした。

 あなたはキリスト信者として、信仰を深め、神への道に進歩しようと、聖書を読み、修徳書によって黙想し、祈りに励んでいるでしょう。しかし、それが知的理解の領域に留まり、現実の自分の信仰生活が地に着いていないのではないですか。

 待降節も四週目です。明日の夜半に主の御降誕が迫っています。明るくなったローソクの光に照らされて、わたしたちの心の中に、幼子イエス様をお迎えして、心地よくお寝かせするきれいな寝床を準備するときになりました。