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 私の神学生時代に、伊那谷を通過した台風が天竜川に大変な被害をもたらしました。今と違って、その地に救援活動をするにも交通の便が悪く、行き着くだけで大変時間のかかる陸の孤島といわれていた時代です。

 その時の一人の上長のお話は深く印象に残っています。「雨が降って氾濫し、人にも被害を及ぼす台風ですが、その雨の一滴を手のひらに受けて、額に注いで洗礼を授けるなら神の子となって永遠のいのちへの恵みを頂くのだ。」考えても見なかった発想でした。わたしたちの一つ一つの行為も善に生かすかそうでないかが反省させられました。

 すべての信者は自分の受洗の時をはっきりと覚えていることでしょう。生まれて間もなく幼児洗礼を受けた人も、自分の神の子としての原点に興味を持ち両親に教えていただいていることでしょう。

 もちろん深い信仰の神秘や、信仰生活の具体的なことはまだまだ充分に理解できなかったとしても、聖霊の賜物の充満を身体的にも感じ取ったことを、今もって思い起こしていることでしょう。代父代母のつとめをはたしたり、他の人の洗礼式に参加する機会などに、自分の信仰生活の原点をしっかりと見つめ、喜びと感激を新たにしたいものです。

雨も雪も、ひとたび天から降れば、

むなしく天に戻ることはない。 (イザヤ5510