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ヨハネ・パウロ二世教皇様は、2000年の大聖年を準備するに当たって、いろいろの心構えや準備対策を「紀元2000年の到来」という書簡で示され、わたしたちもそれに呼応して生きてきました。その中の一つに「教会は可能な限り、殉教者の証しを保持し、必要な記録を収集し、殉教録を更新していかねばならない」
(37)と述べておられます。
今年、来日300年を記念し、わたしたちに深くかかわっているシドッティ師の殉教録もそれぞれの心の中で新たにしているでしょうか。
日本宣教という大理想に燃えていたシドッティ師でしたが、それはなかなか実現しない現実でした。しかし、その理想を心に秘めながらも、現実の宣教活動はおろそかにしていませんでした。日本への渡航を前にして、マニラで四年間も足止めされていた間にも、「マニラにおいて大いに働いた。慈善事業を助け宣教に従事した。病院内に寝起きして、病人の看護に当たり、寄付金募集のために奔走し、その奮発と徳によって人より尊敬され聖人と目せられた。病院の拡張、神学校建設はその徳の結果である。」
(タシナリ著シドッティの日本への旅行・昭和15年史学)
有名なことわざに"Age quod agis”「今おこなっていることに全力を尽くせ」とあります。今日、今、自分がおこなっていることを信仰者として取り組むところに、「信仰の証し」が輝きます。
(注・今秋の長崎の列福式に参加希望の方は、入場証を司教館に申し込まねばなりません。)
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