本文へジャンプ

 シドッティ師は歴史に名を残すほどの宣教師であったので、わき目も振らず何が何でも自分の信念を貫き、神のみ国の到来にひたすら邁進するようなイメージが浮かんできます。しかし、よくよく師の姿に接していくとそうでもないような気がします。
 先のフォンスに載せられた紹介の文でも、わたしたちが黙想し、模倣すべき点が多々表れ出ています。幸い増刷されているので、各自で手にすることが出来ます。是非読みこんで、深めていただきたいと思います。
 この小伝で心引かれたところは、「幕府は江戸に連行するように命じ、狭い駕籠による長旅をしいられた。到着した頃には膝が萎縮し、やっと立って歩けるという状態になっていた」というところでした。
 宣教の熱意に燃え、長年の念願がかなってやって来た日本では、罪人用のかごに押し込められ、長崎から江戸への苦しい旅を強いられ、神のみ旨にすべてを委ねて従われたシドッティ師の苦しみと無念さがここに込められているように思います。 師の落ち着いた性格は、強い信念を内に秘めながら回りに輝く光となって人々を照らしたことでしょう。師に接した新井白石は「つつしみ深く誠実で、わずかなことにも正しくあろうとするところがあった」と述べています。
 「みこころが地にも行われますように」と日々祈ることばが、日常生活の中に現れ出てくるよう、努力が求められます。