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 わたしたちがチマッティ神父様の授業にあずかったのは、神父様の晩年の頃でした。ある授業のとき「このような考えに出会ったのは初めてでした」と前置きして話し始めましたので、そのお年で初めて出会う話などあるのだろうかといささかびっくりしながら聞き入りました。ある聖人(みこころ)のことばだったと思います。
 「イエス様、どうぞ槍で貫かれたあなたの聖心(みこころ)の傷をもっともっと大きくしてください。私はその傷口から」あなたの聖心(みこころ)の中に入り込みましょう。そしてあなたの聖心(みこころ)の愛の炎で燃え尽きるいけにえとしてください。」大要このような考えでした。
 槍によって生じた聖心(みこころ)の痛ましい傷からほとばしるその御血によって、人類のあがないは成就され、燃えさかる神の愛熱はわたしたちをより高みへと駆り立ててくださいます。
 「マリアさまに捧げられた5月」から「イエスの聖心に捧げられた6月」に移ります。教会の古い諺に「マリアを通じてイエスに<Ad Jesum,per Mariam>ということばがあります。神様への熱愛を自分のうちにも、まわりにも燃え立たせるようにして、「信仰の証し」を実践していく月になります。