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 教会の礎とも考えられる使徒を呼ぶとき「聖ペトロと聖パウロ」と呼ぶのが慣わしになっています。もちろん教会の頭と立てられたペトロを第一に掲げるのが当然ですが、そのためパウロの姿が見えにくい感じがしないでもありません。昨日から始まった「聖パウロ年」はその意味でわたしたち一人ひとりが信徒として聖パウロを知り、その模範を受けるチャンスともなります。
 聖パウロについて一言述べてくださいといわれたらあなたは何と言いますか。聖パウロのどこがあなたの模範となっていますかと問われたら、現在のあなたは何と答えますか。
 パウロは自らを証言しています。「わたしはタルソ生まれのユダヤ人で、この都で育ち、先祖の律法について厳格な教育を受け、神に対して熱心な者でした。この道を迫害し、男女を縛り上げ、死に至らしめたのです。」(使徒行録2234
 そのパウロが神に向かってと自信に満ちて行動を起こし、ダマスコの人々に迫害の手を伸ばそうと出かけたその時、天からの光に打たれ、キリストに向けて最初に発したのが表題に掲げたことばです。(同2210
 私はパウロを思うとき、このことばがすぐ浮かんできます。このことばによって恐ろしい迫害者から熱心なキリストの宣教者に変じました。
 わたしたちもこの一年間、パウロに倣ってこの謙虚な祈りでキリストの光を願うようにしたいものです