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信者の皆さんと使徒行録を読み終えたところでパウロの手紙を読み進もうということになりコリント書までやってきました。はからずもパウロ年に入り、摂理の導きを一同とともに喜び、パウロの心をいくらかでも理解し、その熱意を生活に生かしていきたいと思っています。
先日読んだところは、2コリント書の11章で、ペトロより認められた異邦人の使徒としての働きを否定し、ひいては万民の救いを十字架と復活によって成し遂げたキリストの福音をゆがめようとする反対者に対する力強い反論と、パウロの使徒職への信念・誇りが噴出しているところです。キリストの福音に対する熱意で、自分の使徒職を死守しようとしています。このくだりは講談調の語りで聞くと、ずしりと腹に響くのではないかと思います。表題のことばは、色々の艱難辛苦を数え上げたあとで、「彼らが弱っているなら、私も弱らないでいられるでしょうか。」とつぶやくところです。
今年わたしたちが記念しているシドッティ神父様は、一切の書き物を残していませんが、ご自分の宣教姿勢とか、苦難について述べれば、パウロ同様の種々の「難」について物語ってくれることでしょう。わたしたちはその辺は憶測で読み込んでいかねばなりません。しかし、それは実に大いなる殉教への旅そのものです。
迫害下の日本に潜入し、思っても見なかった困難に対し、キリストにならって命を捧げつくした姿をたたえ、見習っていきたいところです。
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