FONS(フォンス)はカトリック碑文谷教会の広報誌です。教会聖堂にて配布しております。





VOL.84  2006.10.1



84号の主な記事
・希望という対神徳                                  主任司祭   アキレ・ロロピアナ神父
・野尻湖キャンプ                                        中高生リーダー  大川千寿
・チャリティコンサート    〜聖堂屋根修理のために〜
・世田谷南協力体合同納涼祭
・ミャンマー便り                                               マリア 片桐 康子
・教会委員会だより     〜六月から九月〜
・祈りのリレー
・神のご計画を記念する典礼暦年(下)
・サレジオ・ミニコンサート   〜青年によるフレッシュコンサート 2006.9.17〜
・10月はロザリオの月 


希望という対神徳                               主任司祭   アキレ・ロロピアナ神父

  おかげさまで,聖堂の屋根の修理は,無事滞りなく終了しました。 新しい屋根の鮮やかな緑色は教会付近の風景をより新鮮で,より 明るいものにしてくれると思いませんか。緑色が大好きなわたしは, 新しい屋根が周りを明るくしている気がします。
 まずこの場を借りまして,経済的にご協力してくださった方々にお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。神様の家のための寄付ですので,神様ご自身が寛大に色々な形で,報いてくださることを確信しています。 
 どうしてかわかりませんが,緑は希望の色だとよく言われます。もちろん,これからもう教会の屋根は雨漏りがしないという希望がありますが,それだけではありません。「カトリック教会の教え」の本には次のように書いてあります。「人間は希望なしに生きていけません。希望は人間の生を活気付け,促進させる徳です。それは人間が困難に直面し,苦悩している時にも,慰めと勇気を与えるものであって,絶望の渕から救い上げる力です」(302ページ)。
 考えてみれば,希望があるから,わたしたちは日曜日に教会に行きます。ところが,何を希望して,ミサに与り,ご聖体をいただくのでしょうか。健康や家族や仕事や社会情勢などのことが気がかりとなっているので教会で祈るのではないでしょうか。確かに,神との交わりの中にいれば,日々の生活で困難にあっても,落胆せずに,人生の旅路を歩み続けることができますが,キリストが与えてくださる希望,神に向けられている希望はその次元のものではありません。
 わたしを見てくださる神様は,今のわたしを見ているだけではなく,永遠に生き続けているわたしを見ておられるのです。「人は,たとえ全世界を手に入れても,自分の命を失ったら,何の得があろうか」(マタイ16,26)。この言葉を通して神様は,永遠の命が最高の宝であって,それに比べると,全世界は取るに足りないものだと教えてくださいます。
 対神徳,つまり,神ご自身に向けられた徳である希望があればあるほど,それだけわたしたちは永遠の命のことを考え,望み,それを得るために愛に生きるように努力します。困難の中にあった聖パウロも励ましてくれます。「現在の苦しみは,将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると,取るに足りないとわたしは思います」(ローマ8,18)。 
 毎日の生活の中で,わたしたちは,病気,不安,失敗,困難のような状況に直面すると落胆しがちですが,神の恵み,人の親切,幼児の微笑みを体験すると,励みと希望を感じます。
 皆さんも,教会にいらっしゃる度に,鮮やかな緑の屋根をご覧になって,励ましと希望,特に永遠の命への希望で心が満たされれば幸いだと思います。




日曜学校体験レポート                                 中高生リーダー  大川千寿

 八月一日から五日までの五日間、中高生会は日曜学校と合同で野尻湖キャンプを行いました。中高生は九名参加しました。幸い五日間ともとてもよい天気に恵まれました。大きな事故もなく、中高生たちも私たちリーダーも多くが肌を小麦色にして帰京しました。
 私たちは、「四つのN〜Nojiri,Nature,Needs,No Border」をテーマに活動しました。野尻湖での泳ぎ・ボート漕ぎはもちろんのこと、野外ミサ、湖に浮かぶ弁天島へのカッターボートや周辺の緑の中でのオリエンテーリング、また飯綱山への登山、夜の星見などを通して、大自然の恵み(Nojiri,Nature)を存分に味わうことができました。そして、メンバー一人一人が互いを必要とし、一丸となって一つの物事を成し遂げることの素晴らしさを感じることもできたと思います(Needs)。こうした一つ一つのことの積み重ねによって、それまでは教会でもあまり親しくなかった仲間同士でも話をしたり、共に遊んだりするようになりました。完全とはいかないまでも、境界を越えて互いを理解し合える関係を築く(No Border)基礎はできたのではないか、と思っています。
 境界といえば、中高生会と日曜学校、そして中高生会とリーダー(青年会)の境界を越えようとする試みも今回のキャンプでは行いました。今年の中高生会・日曜学校の大きなテーマは、サレジオ会のストレンナにちなんで「家庭」です。中高生会の内側で家庭的な絆を深めることももちろん重要だと思います。それに加えて、中高生に今後の教会を担っていく存在であるという自覚を持ってもらうためにも、教会という「家庭」の中で上下の世代との交流を深めていくことが大切だと考え、いろいろな行事に取り組みました。
 例えば、三日目の夜に中高生とリーダーとで「家庭」をテーマに分かち合いをし、有意義な時間を過ごすことができました。また、中高生が日曜学校の子どもたちとサブリーダー的な立場で遊んだり、掃除をしたりして行動を共にする機会も昨年までよりもかなり増えました。その結果、キャンプの終わりには多くの日曜学校の子どもたちが中高生・中高生会への憧れを抱き、中高生をフルネームで覚えてくれました。中高生たちも最初は戸惑いを覚えながらも、最終的にはとても満足し、喜んでいるようでした。
 個人的には、中高生会リーダーとして初めてのキャンプでした。いろいろ反省点もありますが、一人一人のメンバーが持っているものをよりよく知ることができたし、共に充実した五日間を過ごすことができました。ありがとう。また、昨年一年間日曜学校のリーダーを務めたときに関わっていた小学生の子どもたちの成長を見ることができ、とてもうれしく思いました。
私たちは野尻湖キャンプを通して本当に様々なお恵みをいただくことができました。野尻湖は、私たちにとってのガリラヤ湖です。豊かな自然を通して多くのことを教えてくださったイエス様に心から感謝いたします。また、五日間を通して共にいて活動を支えてくださった神父様・シスター方、リーダー・ヘルパーの皆さん、そしてキャンプのために寄付などの形で協力し、祈ってくださった方々に感謝いたします。ありがとうございました。このキャンプで生まれた光を今後の中高生会の活動の中で大切に育み、輝きを増していくことができるようにリーダー一同、中高生たちをサポートしていきたいと思います。
 今後とも中高生会をどうぞよろしくお願いいたします。 



チャリティコンサート                  〜聖堂屋根修理のために〜

  七月二日の午後二時から碑文谷教会の聖堂で畑美枝子さんのチャリティーコンサートが開かれました。蒸し暑い日にもかかわらず、立ち見が出るほどの大盛況で、多くの観客の方が素晴らしい演奏を満喫することができたと思います。
 このコンサートを企画された当教会の信徒の畑美枝子さんは、故ダル・フィオール神父様から発声法を学ばれ、長くイタリアで活躍されたソプラノ歌手です。この聖堂の屋根の修理が行われると聞いて、少しでも役に立ちたいとの思いからコンサートを企画されました。畑美枝子さんを始め、とてもスピリチュアルなギターのソロを演奏された畑千絵子さん、日本を代表するクラリネット奏者の海鋒正毅さん、アンサンブル・エテルナの澄んだハーモニー、この日のために厳しい練習を重ねた聖歌隊の方々、そしてボランティアのスタッフ、本当に多くの方の聖堂にかける情熱が結集したからこそ実現した企画でした。またホールとは違って、よく響く高い天井から舞い降りてくるような響きは、まさにこの聖堂だからこそ味わうことのできるものでしょう。
 私たちの聖堂で、多くの人を感動させるコンサートが開催できたことは本当に素晴らしいことですね。なお、今回のコンサートで得た収益金の1,007,102円を、聖堂の屋根の修理費用として寄付されました。
                                                            (平田幸彦記)




世田谷南協力体合同納涼祭

 毎年恒例の納涼祭が8月26日に開催されました。今年も上野毛、田園調布教会から多数の信者が参加した他、スペシャルゲストとして岡田大司教様をお迎えし、大変豪華な納涼祭となりました。これからも3教会それぞれの霊性を活かしながら、お互いに交流を深めていければ素晴らしいですね!                                              


教会委員会だより     ―六月〜九月―

1 教会バザーの反省
    午前中は雨が降っていたのに順調に終えることができた。昨年とほぼ同じ一六〇万円弱の収益金があり、この中から   約一一八万円が聖堂屋根修理のために使われる。
2 チャリティコンサート
   七月二日、畑美枝子さんによるコンサートを行った。諸経費を除き約百万円の献金が教会屋根の修理に使われる。
3 合同ミサ・納涼祭(反省)
    この世田谷南三教会の交流行事は今年で三回目となった。合同ミサは岡田大司教様が司式され、納涼祭は四百名   以上の方が参加され交流を深めた。九月二日、三教会の担当者で反省会と懇親会があり、多くの意見・反省があり、来   年に活かしていくことを確認した。
4 合同堅信式
  ・十月二九日午後二時より上 野毛教会で行われる。
  ・各教会の受堅者数は田園調 布十三名、上野毛十七名、 碑文谷二八名の計五八名。・十月一日より計三回、ミサ
   後、小坂神父様による勉強会があり、これへの出席が堅信を受ける条件の一つになる。
  ・十月七日、三教会の担当ス タッフで合同ミーティングを行い、詳細を決める。
5 屋根のための献金について
    聖堂屋根の修理については当面の目標としてきた一千万円について三六〇万円が不足している。主任司祭よりこの   献金のお願い・呼掛けは、九月末で終わりとすることを確認した。
6 平和旬間二〇〇六年の祈り
   平和の実現のために共に祈りましょうという東京教区からの呼掛けで、当碑文谷教会では、八月十三日ミサ終了後、
  ロザリオを中心としたお祈りを会衆全員で行った。
7 ミサ・典礼の勉強会開催
   十月二二日十二時から「ミサ典礼の祈りとして捧げられる詩篇」のテーマで講師を招いて勉強会を行うことになった。

                                                  広報委員 ヨハネ 岸井 啓悟



ミャンマー便り 

 ◎当教会の信者で、ミャンマーに3年前から仕事の関係で滞在中の片桐さんから、広報委員の飯沼さんあてにメールが届きました。興味深い内容なのでご紹介したいと思います。

 こちらはいよいよ雨季も本格的に始まりました。 毎日どんよりと曇っています。 6月は日本もミャンマーも雨の季節なんですね。 ただ違うのは、 こちらでは雨季が9月まで続くという事です。 また、 雨の降りかたもサーッとふって、 すぐに晴れたり、 まるでスコールのように降ったかと思うと、 半日ほど降り続いたり、 日によって違うという事です。 このように毎日、 雨という天気が4ヶ月も続くなんて信じられませんでした。 雨が降り続くと外は薄暗くなり、 気温も下がります。 といっても南国ですから、 せいぜい20数度なのですがミャンマーの人は寒いといって、 毛糸のカーディガンや、 上着を着ている人もいてびっくりしました。 このようにヤンゴンの日々は過ぎていっていますが、 おかげさまで、 家族全員、 皆元気でおります。
 ところで、 ここ数ヶ月の間にミャンマーでは、 首都機能をピンマナというところに移したり(なんでもトップの方が占いで決めたという噂です)、 ガソリンの値段を8倍に値上げしたり、 公務員のお給料を5倍から10倍に上げたり、 それにともない物価も上昇したり、 変化の多い年ですが、 あいかわらずスーチーさんは軟禁状態のままです。 政治のことはあまりわかりませんが、 日本の普通車が、たとえば、 トヨタのランドクルーザーの2005年モデルが1台2500万円もするなんて、 しかも手に入らないなんて、 やっぱりおかしいと思いませんか? 税金が2倍3倍かかり、 その間に暴利を取る人がいるから値段は上がる一方です。 ちなみにこちらでは、 日本の中古車がたくさん走っています。 10年以上たった本田のオデッセイでさえも、 数百万円すると日本の人が知ったら驚かれるに違いありません。(500万円以上ですよ、 日本だったら、立派な新車が変えますよね!)
 最後に、 私がかよっております、 セントメリーカテドラルについて少しご紹介いたします。 この教会は今から100年以上前、 ミャンマーがイギリスの植民地時代に、 オランダの神父様によって建てられました。 ゴシック様式の立派なレンガ造りで、 広さはサレジオ教会の2倍ほどあり、 中には、 石を彫って作られたリアルな十字架の道行きのレリーフが飾られております。 毎週日曜日のミサは英語とミャンマー語で捧げられ歌ミサも多く、 きっとこれが昔ながらのミサなのかしらと思いをめぐらせております。 楽譜はなく、 真ん中に足踏みオルガンがあって、 インド系の方がおそらく耳だけで覚えて伴奏をしておられます。(この国ではまだ楽譜が普及していないと聞きました。 従って、 歌の本も、 歌詞のみです。)聖体拝領もおそらく昔のままで、 信者が前のしきりに横に並び、 ひざまづいて、 神父様が動かれて、 口で頂きます。 侍者は男の子のみです。 インド系の信者さんを数多く見かけます。 聞くところによりますと、 植民地時代に先に植民地になっていたインドの人を連れてきて、 その人たちにビルマ人を指導させたという話もあります。 私が、 毎回心が痛むのは、 教会の外に群がっている物乞いの人たちです。 来た当初は小銭を渡したりもしたのですが、 それを見ていたほかの物乞いの人たちが、 われもわれもと駆け寄ってきて身動きが取れなくなってしまったのです。 以来、 渡すのをやめていますが、 他の人から聞いた話では、 一種の物乞いという職業で、 特に赤ちゃんを連れた人は、 どこからか借りてきているのだそうで、 いつまでたっても抱っこするにちょうどよい赤ん坊を抱えているのだそうです。 確かに私もついほろっときて、 車の中からも、 赤ちゃん連れの母親にお金を渡した事もありました。   
 このように日本にいるときとは考えられない経験をしております。 しかしながら、 色々な貧しい国を回ってきた人によれば、ミャンマーはまだよいほうで、 インドのように道端に人が住んではいなくて、 非常にきれいな国だということです。 しかも、 日本が戦後、 食べ物がなく困っていたときに、 真っ先に、 お米を送ってくれたのもこの国の人々だったそうです。 このような、 人々はやさしくて、 天然資源豊富なこの国ですから、 いつの日かもっとよくなる日を祈りつつミサに預かっております。
 皆様の上に神様の祝福がありますように!
                                                           マリア 片桐 康子

祈りのリレー
 一九八一年、教皇ヨハネ・パウロ二世が訪日された際、広島で日本国内外に平和のメッセージを発信されました。そこで翌年、日本のカトリック教会は、もっとも身近で忘れることのできない広島や長崎を思い起こすのに適した八月六日から十五日の十日間を「日本カトリック平和旬間」と定めました。
 本年度、日本カトリック平和旬間に当たり、東京教区では「平和」のための祈りを繋ぐべく、「祈りのリレー」を実施することになりました。
 個々に祈ることはもちろんですが、碑文谷教会では、八月十三日(日)十時のミサ後に、聖堂に於いて、参列者が一体となり「祈りのリレー」に参加することになりました。
 当教会では、聖歌斉唱、「平和の祈り」、ロロピアナ神父様の聖書朗読(ホセア書二・二十‐二十二)及びお説教、ロザリオの祈り、聖歌斉唱という式次第で執り行われました。
 約二五〇人が、同じ空間に集い、心をひとつにして平和を願うことによって、あらためて平和への願いが私たち一人ひとりの心の中に、呼び覚まされたように思われます。
 さらに、「祈りのリレー」によって、十日間絶え間なく祈り次がれていくということがもたらす意味は大きいと実感しました。
 今年は教皇ヨハネ・パウロ二世が来日されて二十五年の節目でもあり、前教皇の思いを再確認するためにも平和祈願行事に参加できたことを感謝します。                                       (池谷妙子記)     



神のご計画を記念する典礼暦年(下)

私たちの信仰を深めるために、昔からいろいろな信心業が行われてきました。おもなものは、初期の頃から、四旬節中に、主のご受難を偲んで【十字架の道行】を行い、主の復活を迎える心の準備をしたと伝えられています。
 中世の聖人聖ドミニコ司祭は、聖母マリアの啓示を受け、【ロザリオの祈り】をひろめました。聖母が唱える聖母への祈りがその口から出ると、香り高いバラの花となったと伝えられ、このことからバラの祈り=ロザリオと言われるようになったといわれます。十月が【ロザリオの月】と言われ、十月七日が【ロザリオの聖母】の記念日です。
 五月が【聖母の月】とされたのは「カトリック生活」五月号で詳述されているのでご覧下さい。
 復活節が終わり、年間に戻った第二週目の主日が「キリストの聖体」の祭日で、その賛美のために、世界各地で【聖体行列】が行われ、教会全体としても、教皇司式のもとに聖体大会が行われています。
 この週の金曜日が【イエスのみ心】の祭日です。六月を【イエスのみ心の月】として四旬節、復活節と歩んできた私たちに、もう一度、主の示された人類に対する限りない愛を黙想します。
 十一月は年間最後の月で、「死者の日」もありますので、【死者の月】とされ、墓参や縁者を偲びその救いのため、また取り次ぎを願って祈ります。この他各地でいろいろな目的をもった信心業があります。私たちの教会の有志で行っている召命を求めるためのロザリオの会もその中の小さな一つです。時に応じていつでも行い、主の愛を思い信仰を深めるために有功です。
 次に私たちカトリック碑文谷教会に深い関係のある祝祭日を考えましょう。
 八月十五日【聖母の被昇天】の祭日。カトリックの教えを我が国に初めて伝えた聖フランシスコ・ザビエルが一五四九年に鹿児島に上陸した日に当たります。一九四九年ザビエル来日四百周年を記念して多くの日本人に洗礼を授けたその右手を迎え盛大に祝ったことは年輩の方なら記憶に残っていることでしょう。奇しくも一九四五年のこの日、終戦を迎え、日本の教会は治安維持法の心配もなく、自由に布教できるようになりました。ちなみに十二月八日無原罪の聖マリアの祭日は太平洋戦争開戦の日です。
 九月十五日は【悲しみの聖母】の記念日です。サレジオ修道会によって建設された大聖堂は、一九五四年五月二十二日に献堂式が行われ、「江戸のサンタ・マリア」(悲しみの聖母)に奉献され、悲しみの聖母を保護の聖人とし、当教会ではこの記念日を祭日として九月第二日曜日に祝います。現在脇祭壇に安置してある聖画は精巧な模写ですが献堂後四ヶ月間は、実物が安置されておりました。
 一月三十一日は、当教会の司牧を任されているサレジオ会創立者【聖ヨハネ・ボスコ司祭】の記念日です。青少年の父であるドン・ボスコについては皆様ご存知の通りです。この日も私たちは祭日として一月最後の日曜日に祝います。
 一月二十四日は、ドン・ボスコが修道会を設立するに当たり、最も尊敬していたフランスの聖人聖フランシスコ・サレジオ司教教会博士を会の保護の聖人とし、その名を取ってサレジオ会としました。この聖人は、宗教改革によって混迷の中にあった教会の支柱として多くの信者の信仰を支えた聖人です。
 五月二十四日は、サレジオ会の姉妹会であるサレジアンシスターズ(旧扶助者聖母会)の保護の聖人扶助者聖母の祝い日です。目黒星美学園を経営し、日曜学校では献身的に働いて下さるシスター方に感謝致しましょう。
 十月六日は、我が国にサレジオ会をもたらし、特に音楽をもって布教された初代管区長尊者ヴィンセンツォ・チマッチ司祭の帰天の日です。
 神父様の列福のために心を合わせて祈りましょう。
                                                 典礼小委員  ヨゼフ 大井  薫



サレジオ・ミニコンサート   〜青年によるフレッシュコンサート 2006.9.17〜

9月17日()13時30分より司祭館2階において, 青年達によるフレッシュコンサートが行われました。 昨年は休演でしたが,今年で6回目となります。 オープニングは元気なピアノ連弾から始まりました。そして特別出演のロロピアナ神父様が盛大な拍手のなかトップバッターとして登場されました。 神父様は,ご自分が15歳のときに作曲されたという「ワルツ」を, ユーモラスな解説を交えて熱演されました。 第一部はその他に最年少者の自作自演, 本格的なクラシックピアノソロやヴァイオリン/ピアノアンサンブルなど, 優雅で高貴な気分の味わえるひとときでした。 第二部は,かっこいいギター演奏から始まり, しっとりとしたピアノ, サックス, パーカッションのジャズ演奏は, のりのりムーディー気分をもたらしました。 一気に盛り上がった雰囲気の中で, 今度は目の覚めるような新鮮で軽やかな曲のピアノ連弾とリコーダー/ギター演奏があり, これでもかぁ!ていうほど,若者パワーを見せつけられました。
 出演者の皆さんは社会人, 学生とさまざまですが, 忙しい日々の中これほどの準備と完成の陰には, きっとものすごい熱意と集中力があったのでしょう, と考えた時, やはり, そこに神様の青年に対する深い愛情と一致の恵みがスパイスとして活きているのだと確信しました。 青年達よ, 素晴らしいひとときを有難う!!                                           (松原久美子記)  




10月はロザリオの月 
  野球選手が素振りを、お相撲さんが四股を踏むように、霊的生活において基本となる反復運動があるとすれば、それはロザリオではないでしょうか。ロザリオの祈りはイエス様のご生涯の二十場面を黙想しながら、マリア様に取次ぎを願う祈りです。それぞれの黙想の場面ごとに主の祈りを1回、聖母マリアへの祈りを10回、栄唱を1回唱えます。これを一連と呼び、一連を5回繰り返して一環となります。その歴史は古く、11世紀頃に遡るといわれています。その後、一五七一年十月一七日のレパントの海戦でカトリック教圏が団結してロザリオを祈り、トルコ軍を撃退しました。また、一八八三年にはレオ13世により十月がロザリオの月とされました。このようにロザリオは教会の中で特別な位置を占めている祈りで、歴代の教皇様もたびたびロザリオを賞賛しています。
 さて、ロザリオの祈りは、単調で退屈だと思うかもしれません。でも、愛し合っている人はいつも同じ会話を繰り返していますよね。それと同じように、私たちも幼児の心をもって「お母さん!」と繰り返し呼び続けることが、ロザリオの祈りの原点ではないでしょうか。そんな子どもたちの声を聞いたマリア様は、必ず私たちをイエス様のところへ導いてくださるでしょう。      
 ところで、碑文谷教会では十月一日から日曜日を除く毎日、夜7時から聖堂でロザリオの祈りを皆で唱えます。 聖堂でロザリオを唱えることは、全免償を受ける可能性も有るので、亡くなられた方の追悼として捧げることも素晴らしいことだと思います。以下にロザリオの祈り方と曜日ごとに黙想する場面を記載したので、参考にしましょう。
                                                 パウロ  平田 幸彦



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