FONS(フォンス)はカトリック碑文谷教会の広報誌です。教会聖堂にて配布しております。





VOL.86  2007.2.25



86号の主な記事
・神はいのちを愛される              助任司祭  小坂 正一郎 神父

2007年度 新役員スタート          教会委員会委員長  関根達郎

神との出会い
・心にしみるポエム            「もし分かってさえいたら」
典礼勉強会  詩編唱和を通じて典礼に奉仕      典礼小委員会   田岡浩一          
・教会委員会だより     〜12〜1月〜
・「東京カタドラル聖マリア大聖堂」  大改修工事の献金のお願い


神はいのちを愛される         助任司祭  小坂 正一郎 神父

聖書の第一ページの天地創造のくだりで、神は人間の創造に当たって「我々に似せて人を造ろう」と言われて、土の塵で人を形づくり、その鼻にいのちの息を吹き入れられ、また、「人が独りでいるのは良くない、彼に似合う助けるものを造ろう」と言われて、神の特別なはからいのうちに創造された人間の姿が示されています。
 これは、単に人祖のみならず、一人ひとりの人間が神の愛の計画のもとにいのちを頂いていることを示しています。そのため、わたしたち人間は神の恵みとして生きることを楽しみ味わっていかねばなりません。これはわたしたちの心の深奥に刻まれた第一の掟です。この神の愛を理解し呼応していくのが人間の道、いのちの道なのです。
 イエスは、御父のご計画のもとに、十字架の死に至るまでご自分のいのちを捧げてくださいました。これはいのちを嫌うがためではなく、いのちを愛されるあまり、すべてに人のため、この世で最も不幸で惨めな人に対しても捧げてくださったのです。それはそのいのちが最高の恵みの満ち溢れた神の愛のうちに飲み込まれることを望まれたからです。十字架に架けられたいのちは復活の事実によって頂点に達し、人間が神から創造されたばかりでなく、みじめな罪の道を進んで行くのを食い止め、神の愛に包まれ、神が祝福されていることを示す最高の啓示なのです。
 「イエスは、世に到来して与えようとしたいのちは、単にこの世のいのちに限定されるのではなく、神の愛の豊かさにあずかることであり、永遠に存在される方のいのちにあずかるためです」。(ヨハネ・パウロ二世回勅「いのちの福音」37参照)
 サレジオ会の総長は、年頭に当たって「年間行動計画」を発表して、全世界のサレジオ家族のメンバーに、これにもとづいて行動するよう促します。今年二〇〇七年の行動計画は「神はいのちを愛される、その愛に導かれて歩もう」というタイトルのもとに、直接いのちに目を向けて生きると共に、誤った「反いのち」の考え方、生き方を排していく努力を促しています。これは「わたしたちはいのちの福音をすべての人の心にもたらし、社会のあらゆる部分に浸透させなければなりません」(前掲書80)と述べられる教皇様の言葉に呼応するものです。
 「神から愛されている」。この事実をしっかりと心に留めるならば、わたしたちは喜びにあふれ、永遠のいのちに向かって「その愛に導かれて歩み」、進むことができましょう。そして、その喜びをまわりの人にももたらすことができるでしょう。
 




2007年度 新役員スタート     教会委員会委員長 関根達郎


 今年の教会委員も昨年同様、婦人会長を除き全委員が再任されました。今年も取り組まねばならない多くの課題がありますが、その中で特に次のテーマを目標に活動を進めて行きたいと思います。
*家庭といのちの大切さ
 サレジオ会の昨年のテーマであった温かい「家庭」の構築と今年のテーマである「いのち」の大切さを皆で考えて行きたいと思います。最近はいじめ、家庭内暴力、幼児虐待など社会のあらゆる場でのモラル低下が叫ばれています。また、生きる希望を失った人が一日百人近く自殺する憂慮すべき社会現象が生じているのはご存知の通りです。
 家庭に於いて一緒に食卓を囲むことがミサの聖体の食卓に一致します。私達キリスト者は「人間性が育てられて行く家庭の大切さ」、「希望を持って生きる勇気」を伝えて行く責務があるでしょう。信徒の霊的活動、分かち合い、黙想会などを通じ皆で考える機会を増やして行きたいと思います。
*より信仰を深めるために
 私達の信仰の源である聖なる秘蹟を受け、静かに祈りを捧げる場所である聖堂のより良い環境を整備し、「口頭の祈り」(言葉)の段階から「聖心の祈り」(心の祈り)に高める充実した典礼奉仕により信仰の深化を図って行きたいと思います。
*教会の若返りと召命
 教会の将来を担う若者達を育てて行くことは大人の義務です。日曜学校には大勢の子供達が集まって来ています。子供達への信仰教育を強めるために、良きリーダーの養成や子供達の生活面でのケアーが必要です。周囲の大人はもとより、お年寄りの信仰深い姿にも子供達は生きた信仰を学ぶと言われます。皆で若者達を励まし一体感を持って信仰活動を盛り上げて行きたいと思います。



神との出会い

「私にとっての洗礼」          マリア・ガブリエル・アウローラ            秋吉まり子

 2006年降誕祭の日に洗礼を受け、信徒生活を始めてから早一ヶ月近くが過ぎました。私にとって洗礼は、4つの段階に分けることができます。@受洗を決心するまでA洗礼志願期B洗礼式C受洗後の生活。
 @洗礼を決心するまでの期間というのは、頭で理解できないことが多かったせいか、なかなか超えられないハードルがありました。洗礼を受ける決心が着いたのは友人の一言で、自分では知らずのうちにそのハードルを超えていたことに気付かされたときです。
 A洗礼志願者となり、洗礼日を胸躍らせて待ちわびる日々を過ごすのかと想像していた私にとっては、この志願期が一番意味深くそして心の葛藤がありました。神父様にも相談し言われた一言は「委ねなさい」。こんなにひたすら自分と正直に向き合うのはこのときが初めてでした。
 B洗礼式当日。ある方に言われたとおり洗礼を受けた後に「最初に心に感じたこと」を心に刻もうと思い、私の場合はそれが「清々しさ」であり、神父様の祭服の背中に施された金刺繍の鳥が今にも「羽ばたく」様であったことをはっきりと記憶しています。この情景は今後も幾度となく思い起こされることでしょう。
 C洗礼の感動も覚めやらぬ間に、普段の生活の中でいつもと変わらぬ自分、なにも進歩していない自分がいることに落胆したものの、受洗後は多くの場合自分の罪深さがより一層リアルに感じてくるものだと聞きました。私にとっての受洗の意味が明らかになるのはまさにこれからです。ある本に記されていた一言、「愛がなければ、無に等しい」、この言葉を胸に刻み、乗りはじめた大船に身を委ねて人生初めての信者生活を送っていきたいと思います。

「三度目のクリスマス」                            ラファエル 佐藤晋治

 去る〇六年十二月二五日、主の生誕をお祝いするクリスマスに無事洗礼式を迎え、皆様と共に信仰生活の一歩を踏み出すことが叶いました。まず、この幸せを神に感謝させてください。ならびに、洗礼式にいたるまで毎週の勉強会にて親切かつ丁寧に教えていただいたロロピアナ神父様、そして勉強会でご一緒させていただいた皆様、本当にありがとうございました。
 私が碑文谷サレジオ教会にてクリスマスの御ミサにあずかることになったのは、今年で三回目になります。初めの年は、友人、家族のつきそいとして。人の多さにびっくりするとともに信仰について初めてふれる機会となりました。『クリスマス、おめでとうございます。』この言葉にまだ違和感を感じていたことをよく覚えています。
 そして二回目のクリスマス。一回目とは異なり、雰囲気にも慣れ、心からお祝いの場にいられることを素直に感謝することが出来ていました。
 実は、二回目を迎えるまでには、一年のブランクが空いています。次の年の年末、家族でイタリア旅行を計画しており、クリスマスミサは、フィレンツェのドゥオモにてあずかっていたからです。神聖な雰囲気の中、世界中で、この神聖な夜をお祝いすることの偉大さを感じることができた貴重な体験でした。
 このときから、ひとり、洗礼を受けることを心に決め、そのための準備にはいることになります。翌年の初めごろから、勉強会の存在を知り、毎週日曜日に参加していくなかでたくさんのことを知り、そしてまだ知らないことがたくさんあることを知りました。
 そして三回目のクリスマス。約一年の準備を経て、キリスト教との出会いとなったこの日に洗礼を授かることが出来ました。
 私にとってクリスマスは、『主の降誕』をお祝いすると同時に、自分の人生の節目として、とても大切な記念日となりました。
 洗礼式にご参加いただきました方々に改めて感謝させていただくとともに、皆様の上に聖霊の豊かなお恵みがありますように。




心にしみるポエム            「もし分かってさえいたら」

もし、ぐっすり眠っているあなたを見ることができるのが、これが最後だとわかっていたら、私はもっとしっかり毛布に包んであげ、神さまにあなたの祝福を祈っただろう。 
 もし、外出するあなたを見るのが最後だとわかっていたら、私はあなたをしっかり抱きしめ、キスをし、出かけるあなたをもう一度呼び止め、もう一度しっかり抱きしめたことだろう。
 もし、あなたのうれしそうな褒め言葉を聴くのが最後だとわかっていたら、私はそれを毎日繰り返して見ることができるように、あなたの言葉とその行動のすべてをビデオに撮影したことだろう。
 将来の道を考えるための明日はきっとあるし、きっと来ると考えているし、すべてをやり直すための明日はきっとくるはずだと、私たちは考えている。
「愛しているよ」と言える別の日がいつか必ずあるのだろう、
また、「何か手伝いましょうか」
と言える機会がまたきっとあるのだと思う。しかし、万一それが間違いだったら、私があなたをどれほど愛しているかを伝えることができるのは、今日しかないのだ。そのことを決して忘れないようにしたい。
 若者にもそうでない者にも、明日という日は約束されているわけではない。だから今日こそ、
あなたが愛する人をしっかり抱きしめることができる最後の機会かもしれないのだ。だから、もしあなたが明日でいいやと思っているようなら、今日のうちに実行してみたらどうだろう。もしかしたら明日は来ないかもしれないし、そうなったらきっとその日、あなたは後悔することになるだろうから。
 笑顔を見せること、しっかり抱きしめるためのほんのわずかな時間、相手があなたに求めている唯一の、最後の願いだったかもしれないそれらのことを、今はそんなことをしている暇はないと、無視してしまったらきっと後悔することになるだろう。だから今日、愛する人をしっかり抱きしめよう。そして耳元でささやこう、愛していることを、いつも大切な人だということを・・・
 「ごめんなさい」「赦してね」「ありがとう」と時間をとって伝えよう。そうしておけば、もし明日が来ないとしても、今日この日に後悔することがないだろうから。
 その日、その日を丁寧に生きること、その日、その日にその人の存在を喜びいとおしむこと、これこそすばらしい生き方です。
  [交通事故で、突然天に召された  青年の一年祭ミサ(一周忌)で読  まれた詩より]                                             

教会委員会だより     ―12〜1月―

1 二〇〇七年 行事予定
 十二月の教会委員会で二〇〇七年行事予定が確定した。これの予定表をA4色紙に印刷し、一二月三一日ミサ時に配布するため、聖堂出入口に置く。

2 教会委員会の今年の方針
 関根教会委員長より(左記)三テーマを目標に活動を進めたいとの説明があった。
@ 家庭といのちの大切さ
A より信仰を深めるために
B 教会の若返りと召命
(当FONSで掲載)

3 カテドラル聖マリア大聖 堂大改修工事の寄付
 教区負担五億円、残り三億円に関しては、各教会が信徒に献金を募るよう要請がある。カテドラルより献金用の封筒(オレンジ色)が八百枚届いている。この献金は二月十一日よりスタートし、「聖書と典礼」に封筒を挟み込む。目標額は、五百万円とする。

4 昨年のクリスマスミサの 振返り
 今後六、八、十、十二時ミサは教会主催であるという意識を再確認した。また、各ミサの責任者を決めて、事前にミサ実施手順、確認を充分に行う。また、クリスマスミサ専用の本が残り少なくなったので、新しく改訂版を典礼委員中心で作成することになった。

5 その他
●桐生市と姉妹都市を提携しているヴィエラ市の合唱団が提携四〇周年を記念して桐生市で七月頃、来日コンサートをするが、当教会でもコンサートを行って、応援したい。
●当教会の消防避難訓練を目黒消防署の指導の下、ミサ後実施する方向で検討している。詳細日時、実施要領について、近日中にお知らせする。
●昨年暮れにやり残した聖堂大掃除について、四旬節までに行う方向で、検討中。

                                     広報委員  ヨハネ 岸井 啓悟



典礼勉強会  詩編唱和を通じて典礼に奉仕          典礼小委員会  田岡浩一   

昨年十月、典礼小委員会で企画した勉強会が行われ、多くの信徒の方に出席頂きました。その後フォンスでは掲載する機会がなく、また、若干時間も経過してしまいましたが、今般、改めての紙面上で報告させて頂くことと致しました。
 カトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)のテレジア聖歌隊で指揮指導をしておられる狩野榮彦(かのうひでひこ)さんを講師にお招きし「詩編」を一つの切り口とした典礼の勉強会とし、「ミサ典礼の祈りとして捧げられる詩編」と題して講演して頂きました。
 狩野さんは学生時代から日本における典礼研究の第一人者である土屋吉正神父や典礼聖歌作曲で知られる高田三郎先生(故人)・新垣壬敏先生などからの指導を受け、ごく普通のサラリーマンであり、且つ普通のカトリック信徒でありながら、典礼や典礼音楽についての造詣を深められ、聖歌隊の活動は勿論、出身地の静岡や現在の地元である埼玉や東京のいろいろな教会での勉強会や講演も精力的に続けておられます。
 今回の碑文谷教会での勉強会では、二時間の講演を通して、ミサ、詩編についての歴史、一九六三年の第二バチカン公会議を境に世界の典礼の姿はどう変わっていったのか、何故変わっていくことが必要だったのか、丁寧に説明され、大変興味深い内容でした。
 また、講演は話だけではなく、時折典礼聖歌集の詩編唱和の歌唱指導を交えながら楽しく進められ、時間の経過も忘れてしまうほどでした。
 第二バチカン公会議の公文書である典礼憲章では、これからの典礼のあり方、信徒の典礼への関わりの仕方が繰り返し述べられています。現在ではこの「典礼憲章」そのものは絶版となっており、手に入れることはできませんが、南山大学の編集による「第二バチカン公会議公文書全集」で典礼憲章の内容が確認することができます。その他今回の講演では「ミサ典礼書総則と典礼暦年の一般原則」などが参考文献として使われました。ご興味をお持ちの方は是非、そちらもご覧ください。
 今回の勉強会の様子はビデオ収録し、キーになることばや説明には文字で確認ができるよう字幕も入れたDVDにしてあります。典礼委員が持っておりますので、ご覧になりたい方は遠慮なくお申し出になってください。コンピュータでもDVDプレイヤーでも再生することができます。
 またご希望の方にはビデオテープにして差し上げますので、併せて申し出てください。
 典礼小委員会では、今年も私達が信徒として積極的な典礼への参加できるよう、勉強会を企画して参りたいと考えております。
 日程は未定ですが、今後、先唱、聖書朗読など、「みことばへの奉仕」を勉強していく予定です。みことばへの奉仕を通じて、人びとの聖化を願いたいと思います。
 典礼委員会へのご意見お待ちしております。

「東京カタドラル聖マリア大聖堂」  大改修工事の献金のお願い

すでに二月初め、主任司祭からご説明と献金の依頼がありましたが、少し詳しくお知らせ致しますので皆様のご理解とご協力をお願い致します。
 東京カテドラル聖マリア大聖堂は司教座聖堂であり、カトリック東京大司教区の中心教会です。第二次大戦で消失した聖堂は、ドイツのケルン教区の支援と多くの方の協力によって一九六四年に再建されました。丹下健三氏の特異なデザインは東京・関口に異彩を放ち東京教区のシンボル的存在であることはご存知の通りです。(写真参照)
 献堂後四二年の年月が経ち、外壁金属の疲労のため、外壁とトップライトの全面張替が必要になりました。工事はかなり大掛かりなものになり、総工費8億円のうち3億円を小教区、修道会、教会外の支援者などに献金を依頼することになりました。

 工期は二〇〇七年一月から九月までですが、当教会としては主任司祭のご意向として、第一次募金期間を二月十一日より四月八日復活祭までとし、第二次以降は今後検討することになりました。当教会の目標金額として五百万円が主任司祭から提示されております。
 目標は決して低いものでは有りませんが、当教会の規模から見て必要な額ではないかと思いますので、皆様のご理解と絶大なるご支援をお願いする次第です。
 当碑文谷教会はサレジオ会委託教会ではありますが、同時に東京大司教区の教会です。その中心教会であるカテドラルの保守は私達信徒の義務でもありますのでよろしくお願い致します。
     



ユース・フェスティバル        中高生会リーダー 大川千寿

115日、青空の下、調布サレジオ神学院(調布教会)で毎年恒例のユース・フェスティバルが行われました。今年のテーマは、サレジオ会の今年の大きなテーマである「家庭」にちなんで、「みんなおいでよ!神さまのおうち」。サレジオ6教会をはじめとする教会や施設から子どもをはじめ多くの人たちが集まりました。
 フェスティバルはまず、ドン・ボスコホールでのプッポ・サレジオ会管区長様司式のミサで始まりました。福音朗読では三島新司祭作の聖劇が取り入れられ、子どもたちは興味深そうに見ていました。それから外に出てお母さん方が心をこめて作ってくださった昼食を皆でいただいたあと、子どもたちはグラウンドで小グループに分かれてチーム対抗のアトラクションに参加し、いろいろなゲームを楽しみました。そして、ホールで神父・神学生・志願生・青年の有志が出演する家族の大切さを描いた劇を鑑賞し、最後に、アトラクションの表彰式が行われて終了しました。
 碑文谷教会からもパウロ神父様をはじめ小中高生や青年、保護者などたくさんのメンバーが参加しました。神父様や神学生の助けを得ながら企画段階から各教会の青年が関わり、我々碑文谷の青年は典礼などを担当しましたが、無事に終えることができてほっとしています。子どもたちも楽しんでくれたようで、テーマのように家庭的で、また青少年を大切にするサレジオらしいユース・フェスティバルになりました。

 










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