(2)クスコの街


アルマス広場

〜アルマス広場〜


フォルクローレのミュージシャン
昼食は街に戻って、アルマス広場に面したレストランだった。アルマス広場は街の中心で、広場を囲んで、教会やお店等が並んでいた。レストランはペルー料理で、店に呼ばれた民族衣装の3人のフォルクローレを楽しみながらいただいた。民族楽器の説明もあり、この旅で初めてのちゃんとした食事と音楽だったので印象的で、彼らのCDを音楽好きの夫への土産に購入した。夫はCDはもちろん、演奏風景や楽器に興味を持ったようだ。



右のミュージシャンが手で振っている楽器は、
リャマの爪で作ってあるらしい

黄色の透明な飲み物はコカ茶。

アルマス広場のアイスクリーム売り。

子供たちも人形など(黒い袋の中)を売っていた。
人形を買う代わりにモデルになってもらった。

広場で咲いていたカントゥーア。ペルーの国花。

花はこんな感じ。黄色もある。

〜カテドラル〜

午後はすぐそばのカテドラル見学から始まった。このカテドラルは、ピラコチャ神殿が建っていた場所に建てられたそうだ。銀製の大きな祭壇には圧倒された。メスティソ(先住民とスペイン人の混血)の画家が描いた「最後の晩餐」のキリストの前の皿には、丸焼きのクイ(モルモットのことで、アンデスの人々の食材)が載っていた。キリストを売ったユダは征服者ピサロの顔になっているとの説明だった。

現在のペルーでは90%以上がカトリック教徒と言われる。民族構成は先住民(インディヘナ)45%、メスティソ37%、ヨーロッパ系15%、その他とガイドブックにある。クスコとマチュピチュでお世話になった現地ガイドの殆どはメスティソのようで、インカ・トレイルでお世話になったポーターたちは先住民のようだった。

インカ文明を語るとき、征服者スペイン人は文明の破壊者でどうしても悪者になる。日本語の達者なガイドに聞いてみた。「観光客がスペイン人の場合、どうしますか?」。答えは「困ります。でも、私たちにもスペイン人の血が流れていますし、そのまま説明します」とのことだった。

〜路地〜


石畳の道と古い家並み



向かい側が「12角の石」という
観光スポットなので土産物屋が
並んでいた。

12角の石

〜コリカンチャ(太陽の神殿)〜


 次はバスに乗ってコリカンチャ(太陽の神殿)だ。今は教会になっている。ここも石組みの芸術だ。地震に強い、傾きのある石の積み方を、スペイン人は技術が未熟なためと誤解したそうだ。クスコやリマで、インカの石組みの上に建てたスペイン建築の部分だけが地震で壊れたのは有名だ。ぴったりとした石組みの石を正確にどうやって切ったのか、本当に不思議だ。これだけの文明を持ったインカ帝国が、なぜ簡単に滅びたのかはさらに不思議で残念だ。


征服者達は神殿上部を壊し、教会と修道院を作った。

土台の石組みは頑丈すぎて壊れなかったという。

カミソリ1枚入らないと形容されるインカの石組み。
台形の窪みは物置棚のように使われていたらしい。

庭に咲いていたフクシャ。園芸種としてお馴染みだ
が、南米原産だそうだ。