ハシリドコロ(走野老)

Scopolia japonica, ナス科ハシリドコロ属


ハシリドコロ, 2006.4.22 御前山(奥多摩)




2006.4.22 御前山(奥多摩)
高さ30−60cm、本州、四国、九州に分布。山地の湿った日陰の林下などに生える。葉の脇から花柄を出し、外面が暗紅紫色で内面がクリーム色の釣り鐘状の花を下垂する。花は2−3cm。全草にスコポラミンやヒヨスチアミンなどのベラドンナアルカロイドを含み、猛毒である。名前は、根がオニドコロに似ているのと(トコロ=野老)、誤って食べると錯乱して走り回るということに由来する。
ベラドンナアルカロイドには副交感神経の働きを抑える作用がある。根はロート根という生薬になり、抽出物のアトロピンやスコポラミンは重要な医薬品だ。葉は柔らかく、春先に山菜と間違えて食べる事故が時々報道される。中毒症状は、幻覚の他に、瞳が大きくなる、のどが渇く、脈が速くなるなど。


2006.4.22 御前山(奥多摩)

2009.4.19 御前山(奥多摩)

ベラドンナと中世の貴婦人と華岡青洲の妻

ベラドンナアルカロイドを含むナス科の植物に、中国にはヒヨス(ロウトウ、Hyoscyamus nigre)、欧州にはベラドンナ(Atropa belladonna )があります。

ベラドンナの学名Atropa belladonna は意味深です。Atropa はギリシャ神話の運命の女神の一人Atropos(命の糸を切る役割)に因んでいます。ベラドンナの毒性は古くから知られていたようで、古代人は矢毒として使い、古代ローマ帝国皇帝の妻たちの中には夫を暗殺するのにベラドンナを用いた王妃たちもいたとか・・・。

belladonnaの方はイタリア語で美しい婦人という意味です。ベラドンナアルカロイドには散瞳作用がありますが、瞳が大きい方が美人に見えるのですね。それで、中世の貴婦人たちは、ベラドンナの葉の汁を目に付けて、目をパッチリさせたのだそうです。これまた、思い切ったことをしたものです。瞳が大きくなりすぎて眩しいことはことはなかったのでしょうか?

華岡青洲は江戸時代の紀州の医師で、世界で初めて麻酔に成功し、乳がんの手術をしたので有名ですが、その辺りの事情は有吉佐和子著の「華岡青洲の妻」によく描かれています。何度も舞台化、テレビドラマ化された名作ですので、ご覧になった方も多いと思います。ドラマでは嫁と姑が競って麻酔薬の実験に身を捧げ、青州の妻はついに失明してしまうのですが、あれはチョウセンアサガオに含まれるベラドンナアルカロイドの毒性のためですね。青州が使った主な薬草はトリカブトとチョウセンアサガオでした。トリカブトも猛毒です。まさにクスリはリスク(危険)なのです。

下は都立薬用植物園のベラドンナです。ベラドンナには黄色の花の Atropa belladonna var. lutea がありますが、ハシリドコロにも黄色い花のキバナハシリドコロ(Scopolia japonica f. lutea 、http://jousyuu2.sakura.ne.jp/kibanahasiridokoro.htm)があるそうで、ぜひ見てみたいです。絶滅の危機に瀕しているようで心配です。

ベラドンナ 2006.5.15 東京都薬用植物園ハシリド
コロの花は釣り鐘の外側が焦げ茶で内側がクリーム
色でしたが、こちらは内側が茶色なのが面白い。

ベラドンナ(黄色種)2006.5.15 東京都薬用植物園
茶色の花のベラドンナの果実(約1cm)は青紫色
ですが、黄色の花を咲かす植物からは淡い黄色の実
が成るそうです。

ハシリドコロとシーボルト事件

江戸時代、長崎出島のオランダ商館の医師シーボルトは、勤めの傍ら日本の若き医師たちに西洋医学を教えたばかりでなく、日本の自然や文化にも関心を寄せ、おびただしい動植物の標本を西洋に送ったり、日本について多くを伝えたことでも良く知られています。

江戸の眼科医の土生玄碩は、オランダ商館長と共に江戸に滞在していたシーボルトを訪ね、散瞳薬ベラドンナの分与を願い出ました。初めは快く分けてもらったものの、再度の分与を願って断られた時に、窮余の策で、着ていた葵の紋服を差し出して頼み込んだところ、シーボルトは日本にも同じ植物があることを教えました。それはハシリドコロだったのですが、土生玄碩はその植物を採取して白内障の手術をすることができました。

ところで、日本の地図を国外に持ち出そうとしたシーボルト事件の時に、この将軍下賜の紋服も見つかり、土生玄碩は刑に服することになり不遇の後半生を送ったそうです。



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